科学の技法

科学とは、習い、考え、教えることである。

光の速度

富士山が肉眼で見える南の限界は和歌山県の妙法山(距離約320km)である。最も単純な光の速度の測り方は、ある山Aの山頂で光源のスイッチを入れて、別の山Bの頂上でそれが確認できた瞬間にBの頂上の光源のスイッチを入れる。Aの山頂にいる人がBの山頂の光が見えた瞬間までの時間を計測するという方法であれば、誰もが思いつくであろう。しかし、この方法はうまく行かない。なぜなら光の速度は秒速30万キロメートルであるため、300km離れた場所にたった千分の一秒で到達してしまうために、そんな実験は不可能である。もちろん現在では衛星を使って地球の裏側と通信できるため、光速(電波も可視光線も実は同じ電磁波である)による時間のズレを感じることができる。そう考えると、1849年にフィゾーが高速回転する歯車と反射平面鏡を使ったかなり巧妙な方法で光の速度が秒速3.15X10^8m/sという数値を得たことは驚くべき精度と考えられる。

続・決定論

私は子供同士の会話の中には入っていかない主義であるが、子供同士の会話は自然に耳に入ってくる。うちの自宅で長男(8歳)が近所の子供と一緒にすごろくをして遊んでいるとき、長男がこんなことを言っていた。「最初に1を一番上にしてさいころを投げると3の目が出るんや」と。これは以前に私が述べた決定論につながる考え方である。部屋全体のすべての空気やその他すべての分子の位置と速度が事前に分かっていたら、スーパーコンピューターなどを使って解析すると、サイコロが手から離れた瞬間に、サイコロの出る目はきまっているはずである。これが決定論の考え方である。しかし、実際はそう簡単ではない。ハイゼンベルク不確定性原理によると、粒子の位置と運動量を同時に決めようとしても不確定性のためにうまくいかないからである。例えば、水素原子の原子核の周りに存在する電子の位置は波動関数で表される。すなわち、人間が電子の居場所を観測するまでは、電子は可能性のあるすべての位置に存在するとこになり、存在している位置が重なり合っていることになる。

続・光の正体は波である

光は波という話は横に置いておこう。皆様は波と聞いて何をイメージするか。光が波と言われても、なかなかイメージが湧かないと思う。波のイメージというのは、例えば、プールに行くと造波プールがあり、普通の人は、波と言えば海やプールの波を想像するであろう。他にはどんな波があるのだろうか。中学生レベルの知識があれば、音が波であることを知っているかもしれない。音は空気を媒質とする縦波である。縦波といいうのは、空気の分子の疎な部分と密な部分が交互に進行方向に移動していくようなイメージだ。媒質が振動する方向と、波の進行方向が平行なのが縦波である。波が進行方向に進んでいるといっても、実際は空気分子が大砲の弾丸のように飛んでいくわけではない。媒質である空気や水はほぼ同じ位置に留まったままであり、振動だけが伝わっていく。ところで、光の媒質は何であろうか?音の媒質は空気であり、プールの波の媒質は水である。昔の人はエーテルという仮想の物質が光の媒質であると仮定した。エーテルは宇宙全体の真空中および透明な物質全体に浸透していなければならない。アインシュタイン相対性理論を学んだ人であれば、エーテルという物質が実在しないことを知っているであろう。ちなみに光は縦波ではなく横波だ。横波とは、媒質が振動する方向と波の進行方向が直角という意味である。

光の正体は波である

光とは太陽や懐中電灯などの光源から出ている何者かであって、人間の網膜で捕らえることができるということは経験的に誰もが知っていると思うが、光の正体とは一体何なのであろうか。光の正体が粒子なのか波なのかという問題については、多くの専門書や一般人向けの本(例えば、「量子力学の解釈問題」)などに詳しく論じられているので今は述べないが、光が波としての性質を兼ね備えていることの理論的な証明は、マックスウェルの業績による部分が大きいであろう。波とは何かというと、振動数(周波数)と振幅をもっており、一定の伝達速度を持っている。昔の人々の実験で、光の伝達速度がだいたい秒速30万キロメートルあることが確認されているが、これは光は瞬間的に伝わっているという我々の日常生活の直観には反しているとも言えよう。例えば、オリオン座のベテルギウスと地球の距離は約642光年であり、いま我々が夜空で眺めているペテルギウスの姿は室町時代の姿ということになる。

トランプ新大統領就任

マスコミの報道などでは、トランプ新大統領が就任し米国内だけではく世界中が大混乱のようである。全米各地で抗議デモがおこり、首都ワシントンでは一部が暴徒化しているという。この大混乱の根本的な原因は何であろうか。新聞やマスコミなどには様々な分析がある。人種差別発言、女性差別発言などが問題視されているが、本当にそれだけの原因でこんな大混乱が起こるのか。私はもっと根底の部分に原因があると思っている。私はこの大混乱の原因は、トランプ大統領になって、勝者の敗者の入れ替えが起こるかもしれない、その不安感に対するマスコミを始めとする既得権益を持つ階層の反乱ではないかと考えている。勝者と敗者の入れ替えというのは、ここ最近の日本国内でもよくある話である。例えば、Youtubeやネットテレビなどに広告収入を奪われて、以前のように制作費にお金をかけることができない既存のテレビ局などは、その一例であろう。全く違う話では、堀江貴文氏などは人工知能をもっと積極的に医療に導入すべきだと提案されている。確かに夜間の救急外来で不機嫌な当直医にいやいや診察されるくらいなら人工知能の医師に診察してもらうほうがよいという考え方は最もである。今のところは大丈夫であるものの、将来的に人工知能の医師が出現して生身の医師が失業するような事態が発生すれば、これも勝者と敗者の入れ替えであろう。しかし、この点に関しては、私は楽観的に考えている。理由は後日述べたいと思う。急激な変化には激しい抵抗がつきものである。トランプ氏の今後の動向を注意深く見守りたい。

まえがき

このブログを書くにあたっては、理系・文系に関係なく中高生が科学をもっと身近に感じられるように、科学に興味をもってもらえるような内容にしたいなと思ってます。
私は科学的知識というものは人類共有の財産だと思っていて、スーパーで働くパートのおばちゃんが、アインシュタイン相対性理論の勉強してもいいと思ってるんです。冗談ではなく、本当にそういうスーパーで働くパートのおばちゃんがいてもいいんですよ。学問の自由というのは、私は究極的にはそういうことだと思ってます。
書く内容はほとんどが独学で勉強した内容なんで、基本的に広く浅くの内容になってくると思います。ただし、自分が特に興味ある分野だけは狭く深くの内容になってしまうことがあります。書くスピードは遅いので、ブログの更新頻度が低くなることはご了承下さい。

決定論

私は基本的に決定論を支持している。
すなわち40億年前にビッグバンが起こった瞬間に、宇宙のすべての出来事が物理法則に従って、最初に質量が誕生し、宇宙が膨張し、太陽系が誕生し、そして生命が誕生する。なぜならビッグバンは大きさを持たない1点からスタートしているからだ。すなわち僕がここでブログを書いているということもビッグバンの瞬間から決まっていたことになる。いやいや、それなら人間の努力とか無駄になってしまう、という反論も可能である。しかし、私は実は人間が努力するかどうかも、生まれた瞬間から、実際はビッグバンの瞬間から決定しているんだという考え方に賛成である。